単純に結婚相談所を解明

海外でまったく見られない傾向。おそらく日本の場合、実家に戻ると両親や親戚に『まだ結婚しないの?』とプレッシャーをかけられ、『とりあえず登録でもしておくか』とアクションを起こすんじゃないでしょうか」少々脱線したが、現在でもこのように地方に行けば「結婚しないのはおかしい」と見る向きもある。 ただそれでも、東京をはじめおもな都市部において、もはや結婚が「してもしなくても構わない」と″趣味化″しているのは確かだ。
 では、結婚が趣味化し始めたのはいつだったのか?セルフサービスが奪った「職場の華」 バブル崩壊直後の、90年代前半に遡ろう。 私は91〜96年まで、都内のある大手出版社で正社員として勤務していたが、20代半ばを過ぎた頃から、社内で頻繁に「まだ結婚しないのか?」と結婚プレッシャーをかけ続けられた。
 当時、その出版社には「社内結婚したら、夫婦どちらか(99%は女性)が必ず辞める」といった暗黙のルールがあった。 20代半ばで同期が何組か社内結婚し、女性が泣く泣く会社を辞めていった。
同業他社からも、同じような話をよく聞いた。  いまでこそ女性の活躍が目立つ出版業界だが、それでも90年代半ばぐらいまでは「女は歳までには結婚するもの」という偏見がまかり通っていたわけだ。

出産してもなお社員として仕事を続ける先輩は、数えるほどしかいなかった。  雇均法(男女雇用機会均等法)が施行されたのは、86年のこと。
以来、原則として採用や社内業務において男女を差別してはいけない、という社会的基盤が少しずつ出来上がっていったが、本当の意味で「男女平等」が社内に浸透していったのは、おそらく90年代後半になってからだ。  きっかけは二つある。
一つは99年、セクハラ防止関連の法律が施行されたこと。  これを機に、社内で「結婚はまだ?」と聞くだけでセクハラと認定されるおそれが生じた。
だから上司も、堂々と肩叩きができなくなったが、同時にこれは「部下に恋人がいるかいないか、聞きづらい」「ゆえに″いい男性(女性)″を紹介しづらい」といった弊害をも生んだ。  もう一つは、同じく99年に「労働者派遣法」が、製造業以外の場でほぼ完全に自由化されたこと。
 これにより、ホワイトカラーの職場で派遣社員や契約一嘱託社員などの非正規雇用者がグンと飛躍的に増えた。 その数、パートーアルバイトを除いても99年に200万人を数え、03年には400万人を突破(総務省「労働力調査」ほか)。

80年代のように、いわゆる「お茶汲み」「コピーとり」「職場の華」として″腰掛け″の女性社員を採用する必要性がなくなった。  そう、社員がセルフでお茶を注ぐ、Yニマットの「オフィスコーヒーサービス」の波及と並行して、腰掛け社員や単なる職場の華は、ほぼ完全に姿を消したのだ。
 裏を返せば、いまや30歳を過ぎても、社員として勤務する女性は大切な″戦力″だ。 上司がヘタなことを言って「じゃあ辞めます」と去られてしまったら、それまで大事に育ててきた周りから大いに反感をかう。
肩叩きなど論外だ。  以上のことから、少なくとも社内で「結婚が半ば義務」でなくなり始めたのは90年代後半、と見て間違いないだろう。
 「結婚しない人生」がマイノリティだった時代、さらに遡って、70〜80年代はどうだったか?まず「未婚率」に着目してみよう。  30〜34歳女性の未婚率は、05年現在、全国で32%だ。
95年に2割に近づき、00年に″4人に1人″を上回った(27%)。 初めて1割を超えたのは、85年のこと。
70年、75年はわずか7%台、生涯未婚率も3〜4%台だった(国勢調査)。 つまり70年代まで、女性にとって「結婚しない人生」は完全なマイノリティだったことになる。
 一方、いまとなっては未婚率が約5割に達する30〜34歳男性も、初めて未婚率が2割超え(22%)を記録したのは、80年。 60年まではほぼ1桁、70年代まででも15%を上回った年は一度もない。
戦後、生涯未婚率が2%を超えたのは意外や意外、女性より遅く(おそらくそれ以前は、戦後で一旦適齢期の男性人口が減ったことに起因するが)、75年になってから。 男性にとっても、70年代までは「結婚するのが当たり前」だったわけだ。

 これらの事実から、結婚が「半ば義務」だったのが80年代〜90年代半ばぐらいまでではないか。  恋愛神話の崩壊 ここで改めて、思い出して欲しい。
結婚市場において、「恋愛結婚」と「見合い結婚」の割合が逆転したのが、1970年前後だという事実を。  それ以前の60年代まで、日本では見合い結婚が主流だった。
男女とも適齢期になれば、親戚や社内の上司が″いい男性(女性)″を紹介してくれるのが通例だった。 とくに女性にとって、生涯働ける職場は非常に数少なく、適齢期になれば″永久就職(結婚)″の道しか選択肢はなかった。
 C央大学のY田昌弘教授も、著書『結婚の社会学』(M善ライブラリー)でこう述べている。 恋愛の歴史をひもとくと、恋愛と結婚が強く結びついてきたのは「つい最近」である、と。
近代になって初めて、恋愛と結婚、そして性(性=生殖十快楽)の3つが強く結びついてきたのだ、と。  整理するとこうだ。
 「結婚は恋愛の延長線上にあるもの」という概念が根付いたのは、恋愛と見合い結婚の割合が逆転した70年前後と、つい最近のことだ。 そこから90年代半ばぐらいまでの約20年間、結婚が男女にとって「義務」または「半ば義務」であった時代には、恋愛神話が結婚市場を覆い、なんとか機能していた。
恋愛は独身の男女を結婚へと導くもの、だからこそ「恋愛すべき」といった価値観も行き渡った。  しかしその神話も90年代後半以降、女性の社会進出や企業環境の変化などに伴う未婚率の上昇で、機能しにくくなった。
結婚を大前提とした恋愛万能主義が、「結婚はしてもしなくてもいい」となった時点で、「じゃあ恋愛も、しなくていいんじゃない?」「そもそも恋愛って必要?」と疑問視され始めた格好だ。  そう考えれば、いまどきの男女がやたらと大恋愛に憧れないのも必然、穏やかな″エコ恋愛″は時代の趨勢だと言えるだろう。

それ以前、1960年代は、恋愛・結婚をどう見ていたのか。  59年、日本人の結婚観を大きく変える出来事があった。
4月の「皇太子さま(当時‥A仁親王/今上天皇)ご成婚」だ。  明仁親王は、周囲の猛反対を押し切って皇族・華族出身ではないM智子さま(現‥皇后)を結婚相手に選んだ。
見合い結婚が主流だった当時、その決断は国民に「恋愛結婚って素晴らしい」と大きな憧れを抱かせるきっかけになったはずだ。 華やかなご成婚パレードが、当時普及し始めたテレビで大々的に放映された影響も見逃せない。
 一方で、「60年代、学生の間で恋愛への関心が高まったのは、60年に改定された日米安保を巡る闘争や67〜69年の『全共闘運動』の挫折が原因だった」と見る向きもある。 60年代前半、「日本という国はどうあるべきか」「社会平和にどう貢献すべきか」といった議論を重ねてきた団塊世代やその上のキネマ世代の男女にとって、69年の全共闘運動の挫折は″権力″という大きな壁を実感せざるを得ない出来事だったに違いない。

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